世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 8 覗き穴の向こう側

サイレント・レジスタンス 8 覗き穴の向こう側

第8話 覗き穴の向こう側


 公民館のドアは、あっけないほど簡単に開いた。


 薄闇の中に足を踏み入れると、最初の部屋は死んだように静まりかえっていた。船橋の姿はどこにもない。


 図書室らしき部屋だった。壁に沿って並んだ書架と、中央に置かれた大きなテーブル。その上には地図やパソコンが雑然と散らばり、壁に掛かったカレンダーには無数のバツ印が付けられている。部屋の隅には段ボール箱が山のように積み上げられていたが、照明を点けるわけにもいかず、中身は判然としない。


 入口近くの壁には、殴り書きされたホワイトボードが掛かっていた。落書きのようなイラストが描かれ、その中に子ども向けのキャラクターが混じっている。


「おしりけいさつ。シャワートイレさつじんじけん」


 ボードの下のテーブルには十数冊の書物が散らばっていた。ほとんどが銃火器に関する専門書だ。その書物に埋もれるように、一台のスマートフォンが置かれている。画面には文字が踊っていた。


 テキスト変換が動いている。僕がよく使う音声変換アプリだった。


 僕の耳には、館内の話し声も物音も届かない。それなのに、画面には次々と文字が表示されている。どこかの端末と接続されているのかもしれない。


 僕はスマホを手に取り、もう一度室内を見回した。その時、壁の一部から微かな光が漏れているのに気づく。光はカレンダーの裏から滲み出ていた。外は真っ暗だから、隣室の明かりに違いない。


 壁に近づき、そっとカレンダーをめくってみる。


 壁に直径三センチほどの穴が開いていた。何のための穴なのかは分からないが、隣室を覗くには十分だった。


 穴を覗くと、8人の男たちが会議用テーブルを囲んで立っているのが見えた。その中に船橋がいる。


  〈思ったよりも浸透してないな〉


 手元のスマホに、そんな文字が流れた。


 穴の向こうでは、船橋が自分のスマホに口を近づけている。どうやら彼の発言が、こちらの端末にも共有されているらしい。


 手話で話す者もいれば、声で話す者もいる。スマホはその会話を共有するために使われていた。


  〈現状では炎上狙いのフェイク動画だと思われてるらしい〉


 メンバーの一人が手話で言った。


  〈やっぱり手話付き、字幕付きトークだけじゃインパクトが足りないんじゃないかな?ビジュアルが足りないんだよ〉


  〈ビジュアルって?手話もやってるぜ〉


  〈そうじゃなくて、もっとリアリティのある動画がないと…〉


  〈じゃ、あれをアップするんだ〉


 若い男が手話で提案した。


 船橋の顔が青ざめ、慌てて手で遮る。


 船橋が何かを喋った。すぐに手元のスマホへ文字が流れた。


  〈いや、あの動画はまだ無理だ。刺激が強過ぎて逆効果だ〉


  〈でも事実だぜ〉


  〈いや、待つんだ。あれをYouTubeに流すのは、さすがにマズイ〉


 船橋は必死に仲間たちを押し止めていた。


  〈じゃあ、どうやって周知するんだよ〉


 一同が船橋に詰め寄る。


  〈SNSに投稿して、炎上狙いと勘違いされて、アカウント停止を喰らうつもりか?貴重な広報手段が無くなっちまうぞ。もっと危機感を訴える方法を考えないと〉


 船橋は苦い表情を浮かべ、仲間たちをなだめようとしていた。


 ――あの動画はまだ無理だ。


 いったい何の話だろう?僕には見当もつかない。


 静かに壁から離れ、スマホを元の場所に戻した。後退りする時、壁に体がぶつかる。それほど強くぶつかったわけでもないのに、壁の一部がぐらりと動いた。


 よく見ると収納スペースで、木の扉が開いただけだった。中を覗くと、30センチ四方の段ボール箱が十数個詰め込まれている。
 箱の一つを開けてみて、少し拍子抜けした。


 オモチャの拳銃だった。


 ブルーとホワイトのプラスチック製で、見た目はいかにも子ども向けだ。ところが手に取ってみると、妙にずっしりと重い。


 しかも、どこかで見た覚えがある。


 開いた扉は閉じておいた方が良さそうだ。


 音を立てないよう、そっと元通りに閉めた。


 改めて部屋を見渡した。


 銃火器の専門書。大量の拳銃。そして、隣室で行われている秘密めいた会議。


 ここに長居するのはマズい。


 僕は急いで公民館から逃げ出すことにした。

 

つづく

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